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当サイトは『鋼の錬金術師』の二次創作サイトです。公式とは一切関係ございません。 同人サイト様に限り、リンク・アンリンクともにフリーです。 http://kotonoha1o6tom.kakuren-bo.com/

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君に告げる


edwin(原作 未来)
片想い。12歳の少女がずっと言えなかったこと。



 その朝はとても寒い朝だった。雪こそ降ってはいなかったけど草木に霜が降りていた。空気の寒さが肌を突き刺すようでとても痛かった。あたしはなんとなくだけども新しい季節が目前に迫っているのを強く感じたのだった。
 軒先であたしたちは挨拶を交わす。別れの挨拶を。
 彼は「行くよ」とただ一言だけ告げた。
 もう一人の彼は「じゃあ」とだけ優しい声音で言った。
 ばっちゃんは「気を付けるんだよ」とだけ乱暴そうに言葉を放った。
 デンはその尻尾と耳を下げながら「クーン」とだけ鳴いた。
 あたしは歩き出したふたりに向かってただそれだけを告げたのだった。出来るだけの笑みを浮かべて。
「行ってらっしゃい」
 

君に告げる


 「え?」と、彼が告げた言葉に思わずあたしは問い返した。嫌な予感と言うものは存外当たるものだ。
 
 今朝はとても寒い朝だった。雪こそ降ってはいなかったけれども、草木に霜が降りていて。あたしはいつかの朝をなぜか思い出した。けれどもそれは気のせいだと言い聞かせて兄弟の家に向かった。
 彼らの家に来るのは随分久しぶりだった。というのも、あたしも機械鎧の仕事に追われていてから。あたしは彼の弟に頼まれて「毎日徹夜で研究所だか報告書だかを必死にまとめている」という彼にご飯を作りに来たのだった。久々に入ったこの家は予想通り散らかっていて、服だとか重要そうな書類だとかがどこかそこかに散らばっていた。そして、山積みになったダンボールがあたしの目に入る。それは以前来た時には見かけなかったもので。まるで荷造りをしているみたいだ、なんて思ってしまった。けれども、あたしは「また気のせいだ」って言い聞かせる。だってもう彼らにそんな理由はないのだ、と。
 あたしはソファーに資料を読みながらうとうとしていた彼の姿を見つけた。そんな彼を叩き起こして、久々に料理の腕を振るったのだった。
 あたしはご飯をたべながら「軍は人遣いが荒い」だとか「まとめる書類の量が多過ぎておちおち寝てられやしない」だとか「過労死したらあいつのせいだ」だとかそんな彼の愚痴を聞いていた。そんなに愚痴ばかり言っていてはご飯が不味くなるのではないかとあたしは思ったけれども、そんな心配を余所に彼は並べられた料理を綺麗に平らげた。
 あたしは食器を片し終えて、眠たげに瞼を閉じかけている彼の横に収まろうとしてソファーに近付いた。その時、彼は近付いてきたあたしに向かって「そういえば」と呟いた。そして、何の脈絡もないその言葉を「まるでどうでもいいことだ」というかのように素っ気なく告げたのだった。

「オレ、中央に行くから」

 彼は唐突にそれを告げた。
 あたしは部屋の片隅に置いてあるダンボールの山の意味を唐突に理解する。ああ、そうかと思った。また彼は旅立つのか、とぼんやり思った。途端にすべての輪郭がぼやけて見えた。彼があたしの何かのスイッチを押してしまったかのようだと、あたしはぼんやりと思う。彼の言葉はまるで魔法みたいだった。あたしの世界を簡単に変えるような、魔法のようだと。全てが他人事みたいにしか考えられなくなった頭でそんなことをあたしは思った。

 四年にも及んだ長い旅を終えたふたりは故郷に戻ってきた。そして、あたしに対するあの約束を見事果たしてみせたのだった。あたしはふたりが戻ってきた日から、あたしは漠然と「これからずっと一緒なんだろうな」と思っていた。根拠もなく、けれども強い確信を持って。けれども、その仮説は彼の言葉によって見事に打ち砕かれたのだった。
 あたしはぼやけた思考の片隅で考える。あの時みたいに笑って見送らなくちゃと。あの時のあたしみたいに。笑ってまた。「行ってらっしゃい」って言わなくちゃと。言わなくてはならないと。
 そう考えて、あたしはあの日のことを思い浮かべた。彼に別れの挨拶を告げたあの日のことを。すると。不思議なことにあの時のあたしの気持ちが胸に蘇ったのだった。驚くほどに鮮明に。
 あの時、あたしは笑った。「行ってらっしゃい」と言った。けれども、本当は。あの日、言いたいことがあったのだ。口が裂けても言ってはいけないと思っていたけれど。あたしが何を言っても届かないとは知っていたけれど。覚悟を決めたふたりを支えるとあたしも覚悟を決めていたけれど。それでも、言いたいことがあった。ずっとずっと一緒に過ごしてきた幼なじみたちに、本当は言いたいことがあったのだ。あの時言えなかった言葉が、あたしの心を突き刺して。だから、風船が割れるかのようにあたしのそれは唐突に溢れ出してしまった。
 冷たい雫が頬を伝う。

 無言でソファーの前に立ち尽くすあたしに疑問を持ったように、彼は眠たげな視線をこちらに向けた。そして次の瞬間には「目が醒めました」とでも言うかのように、「夢想だにしていませんでした」というかのように慌てふためいてみせる彼の姿がそこにあった。彼は突然のあたしの涙の意味が分からなくて困惑していて、「泣くなよ」だとか「なんでだよ」と彼はその手を不思議に空に彷徨わせながら必死にあたしを宥めようとした。けれども、「泣くなよ」と言われたところで不意に溢れ出たその想いを止めることは出来なくて。
 困った顔をして慌てふためいてる彼を横目に見て、あたしは無性に自分が情けなくなる。誰かを引き止めるために涙を零すだなんて卑怯だ。例えそれが無意識によるものでも、あたしはこんな卑怯な手を使ってしまった自分が情けなくて仕方ない。あたしはいつからこんなに卑怯な大人になったのだろう、なんて滲む視界の端で考える。

 12歳のあたしは別れの間際決して泣くことはなかった。けれども、引き止める術も持っていなかった。彼を引き止める理由も言い訳も何ひとつ持っていなかった。だから、なにも知らない振りをして笑ったのだ。笑いながら、「行ってらっしゃい」と告げたのだった。あれから色々なことがあって、あたしは大人になったと思っていた。なのに、あたしは今もあんたを引き止める術を持たない。引き止める理由も持ってないし言い訳も思いつかない。結局のところ昔と変わってなんかなかったのだ。
 ああそうか、と思う。きっと今こうして泣いているのは大人のあたしなんかじゃなくて、12歳の子どもなんだろう。ずっと長い間溜めてきたものだから、溜まりに溜まったあたしの想いが思いがけず溢れてしまったのだ。
 だったら、許されるのではないか。あたしは思う。ねえ、これは。12歳の子どもの戯言なの。だから。


「行かないで」


 困ったように彷徨っていた彼の手が、ぴたりと止まる。そうして、あたしを不思議そうに見つめた。
「中央なんかに行かないで」
 ぽろぽろとそれを零しながらあたしは彼に訴える。
「だって、あんたの故郷はここにじゃない。あんたの家はここにあるじゃない」
 彼はあたしの言葉を吟味するかのようにその動きを止めた。
 暫くしてから合点がいったとでもいうかのように「ああ」と、それだけは呟く。そして、困ったように徹夜続きで乱れたその頭を掻いた。それから。
 不意に彼はあたしの髪を撫でたのだった。大人が子どもを宥めるかのように。そうして彼は躊躇うように眉を下げて「あのさ」と告げる。

「中央に住むって意味じゃなくって、軍に少し顔出すだけなんだけど」

 あの書類届けに行かなくちゃだからさ、と言って。そうして空いた手でダンボールを指差しながら彼は言ったその言葉に対して今度はあたしの時間が止まる番だった。一拍置いたのち、あたしは彼に問う。
「あれ、全部書類なの?」
「おう」
「だって、あれ書類の量じゃないじゃない」
「悪用されないように暗号化しろって命令なんだよ」
 暗号化しなければあそこまでの量にはならないのに、軍は人使いが荒くて困る。彼は唇を尖らせてそう不満げに語った。あたしは彼が食卓の場面においても愚痴を言いたくなる理由を、徹夜しなければならない理由を、そうして彼が言いにくそうに言葉を告げた理由を、全て理解した。
  瞬間、身体の力が抜けて、思わずしゃがみこむ。そして、途端にすべてが恥ずかしくなった。彼の顔を見る勇気が顔をあげる気が起きなくてあたしは視線を下ろす。穴があったら入りたい。むしろ穴をここに作りたいと思いながらその木目を見つめる。ああ、つまりは。あたしは一人芝居をしていたということか。勝手に勘違いをして勝手に思い違いをして勝手に泣いて。
 そうして居た堪れない気持ちになっているあたしの上から声が降ってきた。

「お前、オレが好きなのな」

 その声音にはあたしの気持ちを見透かしたような、そしてどこか可笑しそうな色が混ざっていて。あたしは途端に彼が憎くなった。それがとても悔しくて悪態を吐く。彼にとっての禁句の言葉を。そうして彼が怒って全てが有耶無耶になればいいと思った。けれども、彼はあたしの挑発に乗らなかった。「なんでもいいからよ」と言いながら屈みこんで、彼はその手をあたしの頬へと運んだ。
「なあ」

 温かな右手で不器用にあたしのそれをすくう。そして、告げる。
「お前のそれ、嬉し泣きってことになんねえかな」

 顔を上げると、頬を僅かに染めた彼と瞳が合った。あたしは彼を見て中央の駅で人目も憚らずに叫んだあの15歳の少年を思い出す。ああ、そうかと思った。今目の前にいる彼もまた、12歳の少年でもあり15歳の少年でもあるのだ。あたしたちはいつだって過去を引きずって生きてる。いい意味でも悪い意味でも。
 未だにそんな約束を守ろうとする彼のせいで。傍にいると言ってくれた彼のせいで。12歳のあたしが流した涙はその意味を変えてしまった。いとも簡単に。まるで魔法みたいに。
 あたしは困ったような顔をしながらあたしの言葉を待つ、かつてあたしと同じ12歳だったあの少年に語りかける。


 12歳の少女は、上手に笑顔を作ってみせた。言いたいことはなにひとつ言わずに。 

 行かないで。
 それだけでいいの。
 他になにも要らないの。
 あたしにはそれが必要なの。

 言いたいことを何一つ言えなかった12歳の少女の代わりに、あれから少しだけ年齢をとったあたしが。違う言葉で、でも同じ意味で。上手に言えるかどうか不安に思いながら。でも、自然に顔を綻ばせながら。
 それを彼に告げる。




***
おもひでぽろぽろみたいな感じになっちまいましたね^^;笑
音.速ラインの『真.昼の月』のワンフレーズがモチーフです。
てか、話の展開無理やりなのは分かってますよ……。
 
 

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