「あっ」
道ばたのみどりの中に、白い花を見つけた。あんまりキレイだったから、思わず声がこぼれてしまった。
そのお花は、大してつよい風もないのにゆれていて。それは、まるで笑っているみたいだった。そのすがたは、今のボクのすがたにどこか似ていて。ボクも思わずつられて笑ってしまう。
ふとステキなことを思いついて、ボクは道ばたにしゃがみこむ。両手で持っていた花たばを片方の手に持ちなおして、ボクはそれをそっとていねいにつみとった。そして、その白いキレイな花をむねポケットにしまう。
「なにしてるんだ?」
コツンコツンという足音が近づいてきて、ボクに質問をしてくる。ふりむくと、金色のかみに反射した光が目に入ってきた。とってもキラキラしていてまぶしかったけど、ボクはその金色の目と自分の目を合わせる。そして、ボクはむねのポケットの中からちょこんと顔をだしている白い花を指さしながら言った。
「この花、あの娘にあげるんだ!!」
いっしゅんのチンモクのあとに、「そうか」と言うやわらかい返事がかえってくる。そうして、左手に袋を持ちかえて、大きなその右手でボクの頭をくしゃくしゃとなでながら笑った。その笑顔はとっても幸せそうで、ボクはなんだかすごく幸せな気分になる。
そうして、花束を両手に抱えなおして、ボクは立ちあがる。
その時。ふと空を見上げると、雲がぽっかりと浮かんでいることに気づいた。
ボクは、思わずみとれてしまった。その雲はなんだか、生き物みたいな形をしているものだから。なんだか「あれはホントウに生きてるんじゃないかな」って思った。なんとなく。
すると、トナリから「ククク」というエンリョ気味な、でもムシンケイな笑い声が聞こえてきた。
「お前は変なこと言うヤツだな」
どうやら、ボクの心の声は知らない間に口からももれてしまっていたらしい。それに気づいたとたん、頭に血がのぼるのを感じる。
ああもう!!ボクは思わず顔をそむけてしまった。
「父さんのばか!!!!」
そうして、ジャリ道を花束を抱えながらボクは走り出した。後ろから「走ったら転ぶぞ」なんていう声が聞こえたけど、聞こえないフリをして走る。あの雲の真下へと続く小道を。
カンパニュラの花言葉
広い草原に、ぽつりぽつりと石がならべられている。この石がなにを意味してるのかなんてことは、ボクにだってもう分かっていた。
ここは、死んだ人が眠る場所。ボクの父さんと母さんのじっちゃんとばっちゃんが眠る場所で、生きていたショウコ。
でも、死ぬってことがボクにはよく分からない。だって、ボクは眠っても起きるし、動けるし、走ることだってできる。死ぬってことは、今のボクにはあまりに遠い世界の話で想像がつかないんだ。まだ、あまりよく分からない。そう言うと、「まだそれでいいのよ」と母さんはコドモあつかいしてボクの頭をなでたけれでも。
でもさ。たしかに、ボクには「死ぬ」ってことが分からない。けれども、なんとなく分かることだってあるのだ。たとえば、ばっちゃんがときどき目を細めながら一人でアルバムを見ていること。たとえば、ボクが熱を出して寝込んだとき母さんが心配そうな顔でずっとボクのことを見てくれていたこと。たとえば、父さんが――。
ボクは、父さんの顔をふと見る。ボクは父さんの後ろにいたから。父さんがどんな顔をしてるか、よく分からなかった。分からなかったけれども。
ボクたちは最初に『ロックベル』と書かれた二つのお墓の前に小さな花束を置く。花束を置いたあとに、ひいばっちゃんに頼まれた分も拝んでおこうと思って、両手を握ってお祈りをする。
すると、父さんはまたそんなボクを見て笑った。一見いつもどおりに。でも、ボクは父さんのその笑顔を見てイワカンを感じざるをえなかった。それは、ボクがここに来るたびに感じるイワカン。
母さんのじっちゃんばっちゃんのお墓まいりが終わると、父さんはだまって歩きだす。あとについていくと、『エルリック』と書かれた墓石のまえにボクたちはたどりついた。ボクは、アンモクノリョウカイというやつで、墓石の前に花束をそっとおく。ふりかえると、父さんは「えらいな」と言って笑った。けれども、その父さんの笑顔はやっぱりいつもとちがっていて。すこしだけ眉毛を下げて笑う父さんを見て、ボクは「やっぱりだ」って思う。
父さんはここにくると、いつもよりおとなしくなる。それに気づかないほどに、ボクはコドモじゃなかった。
気づいたのは、少し前のコトだった。
でも、その理由はなんとなく聞けないままでいる。それは、父さんのせいなんだとボクは思っている。父さんが、あんまり悲しそうに笑うから。泣くでもなく、ただただ悲しそうに笑うから。
だから、ボクは大切なことを聞けないでいるんだ。フヨウイなことをしたら、父さんは悲しそうに笑うから。
ボクたちは、最後に『ホーエンハイム』と書かれたお墓に向き合った。
父さんは、その手に持っていた袋からビンを取り出す。そして、そのコルクのフタを開ける。それからその中身をドボドボとじっちゃんの墓にかけた。独特の匂いがあたりに広がる。ボクは、その様子をだまってながめていた。むねポケットの花が、風にゆれた。
ホーエンハイムのじっちゃんのお墓には、花束はおかない。それもまた、ボクたちのアンモクノリョウカイだった。いつのころからなんてことは分からない。でも、ボクがモノゴコロつく前にはすでにこんな感じだった。理由を聞いたら、「花よりもこっちのほうがよろこぶだろうから」なんてそっけなく父さんは言った。
「代わりに」というわけではないかもしれないけど。父さんは、ここに来るときには必ずじっちゃんが好きだったというお酒を用意する。ひいばっちゃんにみつくろってもらったとっておきのお酒を用意するのだ。
父さんが手にもっているビンを見て、ボクはふと大切なことに気づいた。思わず「あ」と声をもれる。
だって、父さんの持っているウイスキーにはられていたラベルに見覚えがあったから。たしかそれは昨日の夜に「今夜空けるつもり」だとひいばっちゃんが笑いながら倉庫から持ってきたもので。父さんのことだ。たぶんキッチンにおいてあったのをいいことに、勝手に持ちだしてきたのだろう。
ボクは、ひいばっちゃんと父さんがケンカしてしまうんじゃないかとヒヤヒヤする。ボクは、そんなことだけはごめんだった。だって、あの娘の前でふたりがケンカするのはかわいそうだったから。きっと、小さくてなにも知らないあの娘は不安になって泣いてしまうだろうから。
ボクは「父さん」と呼んだ。すると、父さんは「ん?」とマヌケな声を返してくる。けれども、手にもったビンの中身が減っていくその事実が変わることはなくって。フクスイボンニカエラズ。アルが教えてくれたシンのことわざが思わず頭の中に浮かぶ。
ボクは、ゼツボウてきな気分になって、ため息をひとつこぼした。それから、父さんに文句をぶつける。
「父さん、それひいばっちゃんが今日飲むって言ってたウイスキーだよ?」
「そうだったか?」
「そうだよ!!持ってきちゃっていいの!?」
「問題ねえよ」
「でも、ひいばっちゃんがおこってケンカになったら、あの娘が悲しくなるでしょ!?」
ボクがそう言ったちょうどそのとき。ビンの中身の最後のしずくがこぼれ落ちた。
「残念」
父さんは、ふりむいて舌を出してみせた。そのムシンケイな態度に、なんだかすごく腹が立って、ボクはいきおいよく父さんから顔をそむける。
ボクは、あの娘のことを考えてチュウコクしたのに!!この場所で父さんとケンカしたくはなかったけれども。ボクは、父さんを許せなかった。
すると、父さんは「怒るなよ」と言葉をかけてくる。その言葉はどこか面白がっているように聞こえた。聞こえたのだけれども。
「ケンカはしねえよ」
そうして、ボクの頭を2回ポンポンとやさしくたたく。
その時のその言葉が。あまりにも寂しそうに聞こえたから、ボクはおこっていたのも忘れて思わずふりかえる。
すると、父さんは、また悲しそうに笑うのだった。
その笑顔を見ながら、「ああ、そういえば」と思う。ホーエンハイムのじっちゃんのお墓の前では、父さんはいつもよりひときわ悲しい顔をするのだ。
とある可能性がボクの頭にうかぶ。それは、とっても悲しい可能性だった。できれば、そんなことありえないって思いたかった。
だからなのかもしれない。その疑問は、思わず口をついて出てきてしまったのだ。
「父さんは、ホーエンハイムのじっちゃんと仲がわるかったの?」
次の瞬間。父さんの、悲しそうな笑顔がはがれた。そんな気がした。そんな風に、ボクは感じた。
そうして、ほんの少し時間が止まる。風の音が、草花がゆれる音があたりにひびいた。
「なんでそう思うんだ?」
父さんは、いつもよりも少し低い声でボクにたずねる。答えを言ってくるのではなくて、質問をなげかけてくる。
ボクは、父さんが否定してくれなかったことに「やっぱり」と思う。やっぱり、そうなのかもしれないって。それは、ボクにとって悲しいことだったから。
だって、と言葉をさがしながら、ボクはホーエンハイムのじっちゃんのお墓に目をやる。お墓には、さっきのウイスキーの雫がしたたっていて。それは、涙みたいだった。痛くてガマンしきれなかった涙、みたいな。
つよくかんでしまったクチビルが痛い。痛いけれども、目の前の父さんはボクの答えを待っていた。
「だって、ホーエンハイムのじっちゃんは『エルリック』じゃないから」
息をスッと吐いて。それから、ボクはずっと知っていたその答えをゆっくりとはきだした。
「だから、父さんたちはホーエンハイムのじっちゃんを見限っちゃって家出しちゃったんでしょう?」
また、時間が止まった。
次の瞬間、地面をみつめているボクの耳に届いたのは。悲しい答えなんじゃなくて、父さんの笑い声だった。まるで「ガマンすることができませんでした」とでも言うような父さんの笑いの理由が分からなくて。ボクはまた質問をせざるをえなかった。
「なんで笑うの?」
「お前、そんな言葉どこで覚えてきたんだよ」
父さんはそれからしばらくお腹をかかえて笑い続けた。
そのうち、自分のムシンケイさに気付いたように、目をこすりながら「わるい」と謝ってきたけれども。ボクは、なんで父さんがそんなに笑ったかよく分からなかった。よく分からなくて、腹が立つ。だから、少し乱暴な口調で「質問の答えを教えてよ」とボクはたずねた。
「父さんたちは、ホーエンハイムのじっちゃんがきらいだったんじゃないの?」
「違うって」
違うくてさ、と父さんは言葉を探しているような仕草をしてみせる。頭をかきながら、「困ったな」と小さく告げる。「まだ、お前にはむずかしいことだから」って。
「いつかさ、お前とあの娘が大きくなったら話をするよ」
父さんのその言葉に、しぶしぶうなずいてみせる。けれども、それとは別に、ボクは納得したいことがあったから。今聞かなくちゃいけないことがあったから。ボクは、そのことについてたずねる。
「父さんは、ホーエンハイムのじっちゃんがきらいなわけじゃないの?」
「……まあ」
「じゃあ、エルリックのばっちゃんも、ホーエンハイムのじっちゃんがきらいなわけじゃなかったの?」
「たぶんな」
すぐさま返ってきたその答えは。ぼんやりとしているようで、でもどこかカクシンめいていた。
父さんは「たぶん」なんて言葉を使いながらも、迷いなく言い切ってみせたのだ。その事実に安心して、ボクは思わず笑ってしまった。すると、父さんは少し不思議そうな顔をしたけれども。
あのね。ボクはただ。オトナの事情だとか言い出したりしないで。コドモだとかいってごまかさないで。簡単なことが知りたかっただけなんだ。簡単な、大切なただそれだけが知りたかっただけだから。ボクは「分かった」と言って父さんの目をみつめる。
「難しいことは、大きくなったら聞くよ」
「あの娘と一緒に」とつけ足して言うと、父さんは「お前は賢いな」と言った。「コドモじゃないからね」と言うと、父さんは笑いながらボクの頭をポンポンとやさしくたたいた。その顔は、やっぱりどこか少し悲しそうだったけれども。
気が付くと、ずいぶん時間がたっていたようで。太陽が真上にのぼっていることに気がついた。
父さんもボクと同じことを考えていたようで、時計をのぞきこんでからボクの目を見て「行くか」と言った。ボクはうなずいて立ち上がろうとする。
すると、胸ポケットから花が落ちた。白くて小さいキレイな花。
ボクは、その花を見てステキなことを思いつく。世の中の出来事が、ヒツゼンでできているというならば。たぶん、この花はそのためにボクにつまれたんだろうから。
「ちょっと待って」
父さんにそう言葉をかけて、その白い花を拾い上げる。そうして、ボクはその花を胸ポケットに入れないかわりに、ホーエンハイムのじっちゃんの墓にそっとのせた。
「それ、あの娘にあげるんじゃなかったのか?」
ボクは、しゃがんだままで父さんの方にふりむいて「いいよ」と言った。しょうがないからだとかそういう意味ではなくて。そうしたいんだよ、という意味で「いいよ」と言う。
「これは、ホーエンハイムのじっちゃんへのお礼だから」
父さんは、ボクの言葉に首をかたむけてみせる。不思議そうな顔をしている父さんに、説明するようにボクは言葉を続けた。
「じっちゃんがばっちゃんを好きにならなきゃ、父さんと母さんも会えなかったでしょ。で、父さんと母さんがいなきゃ、ボクもあの娘と会えなかったから」
だからだよ、とボクは告げた。
だって、ねえ。ボクは出会ったばかりの、白くて柔らかいあの娘のことを思い浮かべる。
まるで天使みたいなあの娘の姿を初めて見て。昨日、ボクは誰かにありがとうを言いたいって思ったんだよ。言いたくて言いたくてたまらなくなったんだよ。
だから、この花はその「誰か」にあげるためのものなんだって。今、気付いただけなんだ。
「父さんも、ちゃんとありがとうって言ってね」
父さんがボクの話を聞いて、意外なことを聞いたかのようにマヌケな顔をしていたから。ボクは父さんの目を見ながら、そう念をおした。
それからまた墓に向き直る。そうして、つよく目をつむって。つよくつよくお祈りをする。どうか、ボクの言葉を聞いてくれていますようにって。どうか、ありがとうが届きますようにって。
お祈りしている間につよいつよい風が吹いたけど、ボクは気にせずにイッショウケンメイにお祈りした。だって、その風はとてもおだやかで、心地よい風だったから。草木のゆれるやさしい音が、まわりにひびいた。誰かの笑い声みたいな、やさしい音が。
ほんの少しの時間のあとに。やがて父さんが「行くぞ」と短く言った。そうして、ボクたちは歩き出す。
父さんは、少し早足でボクの目の前を歩いた。だから、父さんがどんな顔をしていたのかはよく分からなかった。
けれども、そんなのはササイな問題で。父さんにおいていかれないように、ボクは父さんのうしろを追いかける。
「そんなに早く歩いたら、転ぶよ」
そうチュウコクすると、父さんは「うるせー」とだけ言葉を返してきた。いつものようなムシンケイな言葉が。
ジャリ道の途中で。つよい風がまた吹いた。ボクは思わずうしろをふりかえる。
「花、風にとばされないかな?」
そうもらすと、父さんは「風に運ばれちまったかもしれないな」なんてイジワルなことを口にした。だから、ボクは思わず空を見上げる。そのとき、ふと気付いた。空が、いつの間にか雲ひとつない空に変わっていたことに。
「父さん、雲がキレイになくなってるよ」
父さんは、空を仰いでから「本当だ」と言ってうなずいた。
ボクは、なんとなくさっきまでのことを思い出す。そうして「もしかして」なんてことを思いうかべてしまった。あるはずもないのに。あるはずもないことなのに。フカクにも、ボクの口は思いつくままの言葉を放つ。
「きっと、あの雲、じっちゃんとばっちゃんだったんだよ」
言ったあとで、ボクは「しまった」と思った。父さんは、ムシンケイだから。さっきみたいに、またボクをからかうに違いない。
そう思って父さんを見やると、父さんは一瞬おどろいたような顔をして。それから、一言だけ告げて笑った。
「俺もそう思う」
ボクは、その様子を見て、なぜか少しだけおどろいてしまう。それは、さっきまでボクが持っていたイワカンをすべてぬぐうような。それはそれは優しくて嬉しそうな笑顔だったから。
ポカンと口をあけていると、父さんは「マヌケ面」と言って大きな右手でボクの頭をやさしくポンとたたいてみせる。
「あの娘が待ってるだろ」
ボクはその言葉にはっとして、「うん」と大きくうなずいた。
これからあの娘と一緒にはじまる生活は、きっと楽しいことばかりなんだろう。楽しい日々を思いうかべて、ボクはとっても嬉しくなる。
ボクは、思わず走り出した。いきなり走り出したボクに、父さんは「走ったら、転ぶって」なんてまたうるさく言ってきたけれども。ボクを真似するかのように、走り出した。
ふたつの足音が、しずかなジャリ道をさわがしく鳴らす。道ばたでは、そんなボクたちを見て笑っているかのように花がゆれた。大してつよい風も吹いちゃいないのに。ボクは、それすらも嬉しくて嬉しくてしかたがなかった。
そうして、ボクたちは走り出した。家へと続く小道を。
***
そんなわけで、お墓参りのお話です。
題名の「カンパニュラ」は、ジュニアがつんだお花の名前です。
で、FA63話を意識して書きました。
なにをどういうふうになんのために意識して書いたのかは自分でもよく分かりませんが^^;笑
そんでもって。
息子の年齢が原作無視。
すみませんでした……笑
ちなみに、ピ.ロウズの『O.NE LIFE』聴いて書きました。
まあ、そんなお話です。

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