カレンダーabout当サイトは『鋼の錬金術師』の二次創作サイトです。公式とは一切関係ございません。 同人サイト様に限り、リンク・アンリンクともにフリーです。 http://kotonoha1o6tom.kakuren-bo.com/ プロフィール
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コトノハ倉庫管理人の二次創作妄想小説倉庫 since 2010.5.18PAGE | 74 73 72 71 67 68 70 66 65 61 58 | ADMIN | WRITE 2010.12.12 Sun 00:00:00 愛を込めて花束を
それは、あたしが小さかった頃の冬のある日のお話。 あたしはその朝、仄かに漂うコンソメの匂いに誘われるようにパジャマのまま階段を降りたのだった。重い瞼を擦りながら、ダイニングルームを開ける。そうして、ダイニングテーブルに目を見遣ると。重い瞼も思わず持ちあがる、そんな光景が目に飛び込んできたのだった。 ダイニングテーブルの真ん中には、昨日の夜には置いてなかった花瓶が置かれていた。その中に、赤・ピンク・白などの彩り豊かなバラの花が生けられていて。あたしは、物凄く驚いた。そして、ダイニングテーブルに小走りで駆け寄ったのだった。 珍しく朝早く起きていた父さんが「おはよう、ウィンリィ」と告げたけれども、あたしは朝の挨拶もそこそこに、花瓶の中に生けられたバラの花を眺めていた。朝食をとるのを忘れてしまいそうなくらい夢中になって。 そのうちキッチンから母さんがベーコンエッグとレタスのサラダの乗った皿を持って現れて。母さんは、穏やかな微笑みを頬に浮かべながらあたしに「おはよう」と告げたのだった。 あたしは軽く朝の挨拶を告げてから、母さんに尋ねる。 「ねえ!なんで花を飾ってるの?」 母さんは一瞬驚いたような顔をしたけれども。父さんに目配せをした後、すぐさまその口元を緩めて口に人差し指を添えながら言ったのだった。 「内緒」 あたしは、その母さんの仕草に思わずポカンとしてしまった。母さんのその瞳には意地悪そうな色が浮かんでいて。あたしは母さんが教えてくれる気がないということを悟った。だから、あたしは父さんの顔を見遣る。あたしは、さっき父さんと母さんが目配せをしているのを確かに見たから。だから、「父さんは共犯者なんでしょう?知っているんでしょう?」という一縷の望みを抱きながらも、父さんの顔を見遣ったのだ。 けれども。父さんは、その碧の瞳を細めて静かに微笑っただけで。教えてくれる気がないのだということは、その瞳を見れば見てとれた。あたしはそれを見て、除け者にされたみたいで、酷く腹が立った。 「あたしに隠し事なんて、父さんも母さんもひどい」 あたしはそう言って頬を膨らませたのだった。すると、父さんと母さんはまたもや目配せをして。それからふたりで微笑ったのだった。あたしはやっぱりとても悔しくって。だからその後ヤケになってスープを2杯もおかわりして動けなくなり、皆に笑われたのだった。 あの頃のあたしは父さんと母さんの態度が不満で仕方なかったけれども。今思うと、あれはとても幸せな出来事だった。父さんと母さんがとても幸せそうに微笑っていたのだから。 父さんと母さんがなくなったのは、それから1年ばかり経った日のことだった。 あたしは、父さんと母さんの訃報を聞いて、思ったものだ。「いつまでも続くものなんて存在しない」のだと。あの日のふたりの笑顔は、もう戻らない。一番幸せだった時間は帰ることはないのだと。 過去のあの日々が一番幸せだったのだと。 そう思ったのだった。 * それは、僕たちがまだ旅をしていた頃の冬のある日の話。 兄さんはその日、ショーウインドウを前にしてあれでもないこれでもないとブツブツと呟いていた。僕は溜め息を吐きたかったけれども、それが叶うことはなかった。だって、その時の僕の体はまだ鎧だったから。 僕は兄さんが眉間に皺を寄せながら悩んでいる姿を口出しするでもなくただじっと見つめていた。いつもだったら、センスの悪い兄さんの手綱役となって横から口を出しながら一緒に幼なじみへのプレゼントを選んでいたのだけれども。その日は、いつもとは少々事情が違っていた。 ボクは、その時兄さんに心底腹を立てていたのだった。 その日の前日の夜、兄さんは要請を受けて指名手配者捕縛のため軍に力を貸していた。けれども、兄さんはその捕縛の際にかなり無茶をして。僕が傷付けられそうになった一般人を庇っている間に、僕の目の届かないところまで一人で敵を引きつけて消えてしまったのだった。見失った兄さんを見つけた時は、既に事が解決した後で。兄さんは相手を捕縛する代わりに自らの右手を代償としてしまっていた。すなわち、機械鎧の導線が断ち切られてすっかり使い物にならなくしてしまっていた。 兄さんの姿を見て駆け寄る僕に、兄さんは「危ないとこだったな」なんて平気そうに笑ってみせたけれども。動かなくなった右手を左手で弄るその姿は、僕を前にして誤魔化しきれるものではなくって。 僕は、兄さんの無鉄砲さが許せなかった。それも、これが初めてということではなくて。前々から思っていたことだ。そして、前々から散々注意してきたことであった。けれども、注意したところで兄さんが言う言葉なんてのは決まり切っていて。ただ、「無事だったからよかったろ?」とだけ告げるのだっだ。そんなことを言われても、その右手のどこが大丈夫なんだよと僕は思わざるを得ない。 我が兄ながら、本当に馬鹿だ。僕は淀んだ気持ちを少しでも軽くしたいと思って溜め息を吐こうとしたけれども。けれども、残念なことにこの鎧の身体では溜め息を吐きだすことも出来なくて。この溜まりに溜まったもやもやとした気持ちをどうするべきかなんてことを僕は考えながら、兄さんが悩む姿を眺めていたのだった。 「大きな鎧さん!」 ふと高い声が辺りに響く。僕達は、思わず声のする方を振り向いた。すなわち、僕たちが覗いていたジュエリーショップの向かい側を。 声の主は花屋の店の緑のエプロンを身に纏いながら、その顔に無邪気な微笑みを携えてこちらに向かって手を振っていた。彼女の顔を見て、僕は「昨日の子だ」と即座に思い出す。彼女は昨日乱闘に巻き込まれそうになって僕が庇った女の子だった。当然兄さんは彼女の顔なんて覚えていなくて、不思議そうな顔を僕に向けてきたけれども。僕はそれに構うことなく、彼女へと歩み寄る。 「こんにちは。昨日はお怪我なかったですか?」 そう問うと、彼女は一瞬少し驚いて「ええ」と言って微笑った。 「優しいのね。おかげさまで傷一つないわ」 そして、僕の顔を見つめながら言葉を続ける。 「急いでないのなら、お礼にお茶でも出したいんだけど。アッサムの茶葉を昨日分けてもらったのよ」 「ミルクティーにすればきっととても美味しいわ」と言って微笑む彼女の提案は、とても魅力的な提案だった。けれども、残念なことに。僕には生身の身体がないから、お茶を飲むことが出来なかった。それに、僕たちは昼の汽車のチケットをもうすでに買ってしまっていて、あんまり長時間お邪魔する訳にもいかなかった。それに何より、兄さんは牛乳と名のつくものを毛嫌いしていた。だから、とても残念ではあったけれども、僕は紳士らしく彼女の誘いを断った。 「お構いなく。僕たち、贈り物を選んで故郷に帰らなくちゃいけなくて」 彼女は「残念だわ」と眉を下げて微笑った。そして、そのあとに。彼女は「一緒の子のガールフレンドにでも贈るの?」そう問うたのだった。 彼女のその言葉に僕は驚かざるをえなかった。だって、当たらずも遠からずといった内容だったから。 「なんで分かったの?」 すると、彼女は目元に微笑を浮かべながら向かい側の店を指をさす。すなわち、僕たちが先ほどまで眺めていたジュエリーショップの方向を。兄さんは僕に構わない様子で相変わらずショーウインドウと睨めっこを続けていた。僕は「なるほど」と納得する。これでは分からない方がおかしいのかもしれない、なんて小さくひとりごちた。 「ねえ、もし悩んでいるのなら花でも贈らない?」 唐突に、目の前の彼女は僕の眼前に人差し指を突き付けて、提案する。そして、僕たちを差し置いて勝手に決めてしまったかのように、両手を合わせて「それがいいわ」と言ったのであった。 「女の子なら、花束贈られて悪い気もしない筈だし。それに、お礼に安くするし。それに、明日はダズンローズデイなのよ?」 「ダズンローズデイ?」 耳慣れない言葉に、僕は思わず言葉を返す。 「そう、ダズンローズデイ。知らない?」 彼女は身を乗り出すようにして、僕に説明をしようと近付く。それだけで、僕にはその記念日がどういう類のものであるか十分見当がついた。女の子が好きなものと言えば、大体は決まっているものだ。お洒落とお菓子と、それから。甘い甘い、それ。 彼女はその茶色の瞳を輝かせながら、その日について語った。他人事とはいえ、そういう話というだけで無条件に楽しくなれる。女の子はそういう生き物なんだろうと僕は考えを及ばせながらその説明を聞いていたけれども。不意に、思ってしまったのだった。多分、これは僕が憂さを晴らすことの出来る絶好の機会になり得るのではないのか、と。 もし僕に口がついていたのなら、その時の僕の口はさぞかし意地悪な笑みを浮かべていただろうと思う。けれども。残念なことに、僕には口がついていなかった。そして、それは同時に今の僕にとってはとても都合がよかった。目の前の彼女に、僕の思いつきがばれる訳にもいかなかったから。 「分かったよ、ちょっと待ってて」 僕は彼女の台詞を手で制して、出来るだけソフトな語り口調でそう告げた。そして、ジュエリーショップの前で悩み続けている兄さんの元に駆け寄る。兄さんは振り向かないままに「話終わったか?」と少し苛立った口調で僕に言葉を投げる。大方、どれにすればいいのか分からなくて苛々してるんだろうと見当をつけて、僕は「あのさ」と提案を持ちかけた。 「兄さん、花はどうかな?」 「花ぁ?」 兄さんは、怪訝そうな顔で振り返ってみせた。そして眉間に皺を寄せながら吐き捨てるように告げる。 「あいつに花なんざ似合わねえだろうが」 そうして兄さんはまたショーウインドウに向き直った。「ウィンリィが聞いたらスパナものだな」なんて僕は心の中で小さく呟いたけれども。ここで余計なことを言って計画を台無しにするのが惜しかったから、僕は説得するように「あのさ」と兄さんに語りかける。 「明日バラの花を12本贈ると、感謝の気持ちを告げるってことになるっていう記念日なんだって」 花屋の子がそう言ってたんだよ、と努めて柔らかな口調で僕は語りかける。それを聞くと、兄さんは押し黙って。それから少しその唇を尖らせながら、ますますその眉間の皺を深めた。一見面倒くさがっているように見えて、その実兄さんの頬が少し染まっていたことに僕は気付かない振りを決め込む。そうして、兄さんの答えを待った。やがて、兄さんはその口を開く。 「めんどくさいから、花でいいか」 素直じゃないんだからと、僕は思わざるを得ない。けれども、やっぱり僕はそのことは口を出さないままに、僕たちはふたり花屋の軒先に並んだのだった。 花屋には色鮮やかなの花が飾るように並べられていて。兄さんは、その悪そうな目をさらに細めてバラの花を黙って眺めていた。どのバラを眺めているのだろうと兄さんの視線の先を辿ると、そこには兄さんが好きな綺麗な深紅のバラが飾られていて。僕は「これにするのかな」なんて思いながら、兄さんが決めるのを待っていた。けれど、意外なことに。兄さんは深紅のバラを指さして言うのだった。 「オレは、赤いヤツだけは嫌だからな」 その僕の予想とは異なっていた発言の理由が僕にはよく分からなくて。思わず「なんで?」と、兄さんに理由を問う。すると、兄さんは顔を深紅のバラのような色に染めて。そっぽを向きながら、口の中で何かを小さく呟いた。けれども、その声はいとも容易く街の騒音にかき消されて。「聞こえないから、もう一度言って」と告げると、兄さんは半ば声を荒げてそれを言ったのだった。 「赤いバラなんて、プ、プ、プ、プロポーズみたいじゃねえか」 そんな兄さんの姿に。僕は思わず笑い声をあげてしまった。店屋の彼女も、声は口元を抑えて微笑いをこらえてみせて。その様子を一瞥すると、兄さんは「はやく決めるぞ!」と、また荒げた声を出したのだった。 僕は口先だけで「ごめん」と言いながら、再び兄さんと一緒にバラの花を眺める。 「どの花がいいかな?」 「お前が選べよ」 「ボクが機械鎧を壊したわけじゃないもの」 兄さんは少しムッとしたような顔を見せたけれども、自業自得というのも痛い程に分かっているようで、僕に言い返すことはなかった。そして、店頭に並べられた花を大雑把にぐるっと見渡して。そして、あるバラを素早く指さして告げたのだった。 「これでいい」 僕は、兄さんが指さした花を屈んで、まじまじと見つめる。僕は、それを見て少しだけ驚いたのだった。それは兄さんが選んだにしては珍しくセンスがいいように思えたから。 兄さんが選んだそのバラの花弁は純白で、穢れない綺麗な色をしていた。そして、その白の花弁の縁には、仄かに桃色が色づいていて。それは、女の子が好みそうな愛らしい色合いをしていた。 「いいと思うよ」 僕が頷いてみせると、兄さんはいつの間にか鞄から取り出していた財布を僕に投げつけた。 「会計頼んだ」 それだけ言って店から足早に出ていくその様は、一見プレゼントになど関心がないと思えるような様ではあったけれども。その耳が赤く染まっていたことを、僕も店員の彼女も見逃してはいなかった。だから、レジ台で向き合いながら、僕たちは店の外にいる兄さんに聞こえないようにそっと微笑った。 「弟君の彼女、きっと喜んでくれるでしょうね」 店員の彼女がそう言って微笑った時、僕は彼女の勘違いに初めて気付いたのだけれども。けれども、僕は否定の言葉を口にしなかった。兄さんが僕の弟に間違われることは別に珍しいことではなかったし、呑気に話をしていられる程に時間があるわけでもなかったから。「うん」と頷いてみせる。そんな僕に向かって、彼女はまたもや唐突に問うのだった。 「もしかして、弟君があげるバラ、初恋の相手にだったりしない?」 僕は驚いた。当たらずも遠からず。というか、彼女の言葉はビンゴだったから。 僕は驚きと感嘆の気持ちを込めて、「よく分かったね」と彼女に告げる。すると、彼女はその声音で僕の勘違いに気付いたのだろう。「そうじゃなくて」と苦笑を浮かべながら、それを教えてくれたのだった。 「このバラ、『初恋』って名前なのよ」 僕はその台詞にやっぱりびっくりして。そうして、また驚きと感嘆の意を込めて告げたのだった。 「ぴったりじゃないか」 彼女はそれに、「そうね」と微笑いながら頷いたのだった。僕も、つられて笑う。残念なことに、僕には笑顔を作ることが出来る身体を持ち合わせていなかったけれども。そんな小さいこと、その時の僕にとってはそれは些細な問題だったわけで。些細な問題でしかなかったのだった。 不意に、店の外から兄さんの声が響く。 「アル!はやくしろ、汽車に遅れるぞ」 まったく、そんな乱暴な口を聞いて。僕は溜め息を吐こうと思ったけれども。けれども、溜め息を吐く必要はないのだと思いなおす。きっと、女の子はそういうものが大好きだから。ウィンリィだって、例外なく明日がどんな日かなんてことは知ってるんだろう。だから僕の予想が外れなければ、兄さんは明日とんでもない想いをする羽目になるんだろう。そう思うと、兄さんの乱暴な軽口くらい許してあげようという気分になった。僕は兄さんと違って、心が広いのだから。だから。ねえ、兄さん。これは、いつも無鉄砲で僕の忠告を聞かない兄さんに対する罰なんだよ。きっと僕にだって、これぐらいの可愛い仕返しをすることぐらいは許されて然るべきだなんだ。 「今行くよ」 感謝の言葉を花屋の彼女に告げて、僕は店を出る。 「今度は貴方自身が贈るバラを買いに来てね」 彼女はそう言って僕に手を振った。僕は頷いて、一足先に駅へと歩き出した兄の後ろ姿を追った。そして、密かに思ったのだった。 僕はまだ鎧で。兄さんの右手と左足は機械鎧で。僕たちの旅はまだまだ終わりそうにないけれども。 とりあえずは、今という瞬間が楽しいと。 そう思ったのだった。 * それは、冬のある日の朝の話。 その時、俺はいつものように新聞を開いて夢中で文字を追っていた。不意に視線を感じてその方向見遣ると、まだ幼い娘がいつの間にか俺の横に立っていて。ベーコンとスクランブルエッグ、それからサラダの乗っかった皿をその小さな手で持っていた。そして、「はい、どーぞ」と危なっかしい手つきで渡そうとするものだから。俺は慌てて新聞を畳む。その時。なんとなく目に入った新聞の日付が、なんとなく懐かしいような気がして。なにかが心に小さく引っかかった。俺は家族で朝食の席を囲みながら、「今日は何かの記念日だったけか?」なんてことを頭の片隅で小さく考えた。そして。朝食を食べ終えてコーヒーを飲みながらゆっくりと休んでいる時に。「ああ、そういえば」と思い出した。思い出してしまったのだった。 あの日のことはもう10年位前の話なのに、未だに甘酸っぱい思い出として鮮明に記憶に刻みつけられていた。けれども、幸せを手にした今となってはいい思い出だ。そうなのだと自分に言い聞かせる。だが、しかし。あの日のことを思い出す時に真っ先に浮かぶのは、あの日のアルの「してやったり」という憎らしい姿なのだった。あの時、アルは「いっつも無茶する罰だよ」だなんて俺に言ってきたものの。あの後、彼女に弁解するのがどれだけ大変だったことか。俺は溜め息を一つ吐いてから、コーヒーをもう一口飲む。それがいつものそれよりも苦く感じたのは、きっと砂糖を入れなかっただけではない。そう思った。 俺はコーヒーを飲み終わると、「少し散歩してくる」と彼女に告げて家を出た。そして、駅前まで足を運ぶ。理由は言わずもがな、だ。 田舎の花屋には、洒落た花が揃った店なんてなくて。俺は、店頭に並べられた深紅のバラを12本頼む。昔なじみでもある店員がラッピングをしながら「随分と似合わないことをするんだな」と憎まれ口を叩いてきたけれども。「お前みたいな野郎が花屋をしてるのも、十分似合わねえけどな」と言葉を返す。すると、「違いない」と言って彼は微笑んだ。その微笑が意味するものがなんなのかなんてことは、誰に教えられるでもなく知っていた。似合おうが似合わなかろうが。俺たちは、そうせざるを得ないのだ。 俺は用事を済ますと、真っ直ぐに帰宅した。 玄関のドアを開き「ただいま」と言うと、キッチンの方向から子供たちの「おかえりなさい」という声が響いた。大方、彼女は子供たちとキッチンでおやつでも作っているのだろう。昨日、籠に林檎がたくさん盛られていたことから考えるに、きっと彼女の得意なアレを作ろうとしていたに違いない。俺は顔を綻ばせながら、キッチンへと向かう。 彼女は、キッチンを覗いた俺の姿を確認すると「おかえり」と言って微笑った。俺も「ただいま」と言って、つられるように微笑う。 そうして挨拶を交わした後に。彼女は、俺の手の中のものへと視線を移す。そして「あ」とその小さな唇から言葉を漏らしたのだった。 「そういえば、今日だっけ?」 懐かしい記憶を辿っているかのように、その碧い瞳を柔らかく細めて彼女は微笑う。 「ほら」 そう言って渡すと、彼女はその頬を深紅のバラの色に染めて両腕でそれを抱え上げた。そして、告げる。 「ありがとう」 俺はその笑顔を見て思うのだった。10年くらい前の出来事を。あの時も、彼女は今みたいに微笑ってみせたのだった。今みたいな、心の底から喜んでいる、そんな微笑みで。「だから、困るのだ」と俺はそっとひとりごちる。あの日のアルのことも、この笑顔を前にすると許してやりたくなってしまうのだから。 右手で頭を掻きながら彼女の顔を見つめていると。不意に、幼い声が響く。 「ねえ、なんで母さんに花贈ってるの?やましいことあるの?」 「ヤマシイのー?」 愛らしい姿で「どこで覚えてきたんだ」と問い正したくなるような台詞を告げる子供たちに、俺は少し頭が痛くなる。「お前らなあ」なんて腕を振り上げ、怒った仕草をすると、そんな俺を宥めるように彼女が俺を制してみせる。そして、片手に花束を持ち直した。そうして。 彼女は不意に子供たちの目線に合わせるように屈んでみせる。そして、人差し指を唇の前に立てて告げるのだった。 「内緒」 子供たちは、彼女のその仕草を一瞬ぽかんとした様子で見つめて。それから彼女のその言葉に対して「ずるい」だとか「教えて」だとかそんな言葉を並べた。けれども、彼女は教えてあげる気なんてさらさらないようだった。まったく、意地が悪いだなんてことを小さく呟くけれども。彼女からスパナを喰らいたくなんてないので、俺は口に出さずにその様子を眺める。 やがて、彼女に答えを求めるのを諦めた子供たちが矛先を俺に変えて問い正すのだった。子供たちは「父さんは、知っているんでしょう?共犯者なんだから」とでも言いたいかのような瞳で俺を見つめたけれども。そんなことを言える訳もなかったから、俺はただただ微笑って誤魔化した。 俺の口から言える訳がないだろう。今日という日が、愛の証にバラの花束を贈る日だなんてこと。ましてや、目の前で彼女が見守っているこの状況で。 直に俺から答えを聞き出すのも諦めた子供たちが「父さんも母さんもずるい」と言って、その小さな頬を膨らませる。部屋の中に、子供たちの悔しそうな、けれども幸せな声が満ちる。それを見て、彼女が微笑う。それを見て、俺も微笑う。そして、思った。 過去も現在も幸せだけど。何年後先も、俺は彼女と一緒になってこんな風に笑ってるんだろうな、なんてことを。きっと、未来も幸せなんだと。 なんとなくだけど、心からそう思う。 愛を込めて花束を *** 12月12日はダズンローズディという日らしいで、 恋人や思いを寄せる人に愛の証として12本のバラを贈る日だそうです。 ちっとも有名じゃないですけどね^^; まあ、素敵な日だと思ったので、題材にさせて頂きました! 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